1.遺言のすすめ
最近遺言をする人が増えてきましたが、まだまだ遺言が普及しているとまでは言えません。
相続人が何人かいる場合、相続人の間で現実に遺産をどのように分けるのか話し合って決めることになりますが、生前に遺産をどのように分けるか話し合うわけにもいきませんし、相続後に遺産分割をめぐって兄弟姉妹などの間で骨肉の争いをするケースが後を絶ちません。
しかし、このような相続争いは、遺言をしておくと相続人間の争いをある程度防止することができます。
2.遺言は法定相続に優先する
例えば、奥さんと子供二人があるケースで、遺言をしなかった場合、遺産は法定相続されることになり、奥さんが遺産の1/2、2人の子がそれぞれ1/4の割合で共同相続することになります。
このような場合、うまく遺産分割の話し合いが出来ればよいのですが、遺産が数億円あるいは数十億円と高額な場合や、遺産が少なくても複雑な家庭の事情がある場合、遺産が居住用不動産だけで分割しにくい場合など、その他様々な事情により各相続人が権利を主張し合い、分割をめぐって争いとなることがよくあります。
そこで、後に残る相続人の間で争いがないようにするため、様々な事情を考慮し、自分が死亡した後の法律関係を決めるために遺言をすることになります。死亡後の法律関係とは通常は長男に不動産を与えるといった遺産の処分ですが、子の認知などの身分上の問題も含みます。このような遺言があると、遺言は法定相続に優先します。
3.遺留分は侵害できない
ところで、わが国では個人財産は自由に処分することができ、遺言は遺産についての最後の自由な処分行為といえます。しかし、遺産の処分が自由だと言っても、無制限なものではありません。
例えば、遺産の全部を愛人やあるいは宗教団体に譲るといった遺言をしてしまったら、奥さんや子供はたちまち路頭に迷い大変困ることになります。そこで、残った奥さんや子供の生活を守るため、あるいはこれらの親族の潜在的な持分を確保するため、法律で遺言の自由に一定の制限を加えています。
これが遺留分の制度で、どのような遺言があっても、配偶者、子、直系尊属は必ず一定の財産が相続できるよう保護されています。従って、遺言をする場合は、これらの者の遺留分に配慮した遺言をする必要があり、遺留分を全く無視した遺言はかえってトラブルのもとになりかねませんので注意する必要があります。もし、遺留分を無視して遺言をした場合、遺留分をもつ妻や子供は侵害分について、これを知った日から一年以内にこれを取り戻すことができます。これを遺留分の減殺請求と言いますが、この権利は一年で時効にかかります。
兄弟姉妹には遺留分がありませんから、もし相続人が兄弟姉妹だけであれば、遺言により遺産を自由に処分することができます。
遺留分としては、親や祖父母の直系尊属のみが相続人の場合には相続財産の1/3、その他の場合はすべて1/2を残さなければなりません。
遺留分算定の基礎となる財産は、相続財産に原則として死亡前一年以内にした贈与財産の額を加えたものに、被相続人の残した借金があれば、これを差し引いたものが対象となります。
4.遺言の方式に違反すれば無効
遺言は自分の死後、相続分や遺産分割の方法、後見人の指定、認知、廃除など財産や身分関係に関するトラブルを防ぐために生前に書き残すものです。しかし、本人はすでに亡くなっており、「死人に口なし」の諺のとおりそれが最終的な意思かどうか確かめる方法がありませんし、あいまいなものであれば遺言をめぐってトラブルを招きかねません。
そこで、遺言者に慎重に意思を表示させ、また他人の偽造や変造を防ぐため、遺言には厳格な一定の方式が要求されます。この方式に違反した遺言は無効となります。
普通方式の遺言には、①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言があります。
①遺言の中で最も簡単で費用がかからないのが、遺言者自身が遺言の全文、日付、氏名を自署して押印する自筆証書遺言です。
自署とは、遺言者自身の手で書くことで、他人が遺言書の全部を書いた場合は、たとえ遺言者から頼まれて書き、遺言者がその内容を自分の遺言として確認していても方式違反となります。また、他人の添え手の助けを借りて自署した場合は、他人の意思が介入した形跡があると認められるときは、自署の要件を欠いて無効とされます。
押印する印には制限はなくいわゆる認印、三文判でもさしつかえありませんが、後に遺言者の印鑑かどうか争いを残すことになりますので、出来るだけ実印を使うのがよいでしょう。
問題は指印で、これを否定する判例もありましたが、最高裁は、わが国の慣行や法意識に反しないし、必要以上に遺言の方式を厳格にすると、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがあるとして、指印での押印も適法と近時認めました。
この自筆証書遺言は、内容はもちろん、遺言書があること自体誰にも知られないという長所がありますが、法律的に内容が不明確で無効となったり、遺言書を厳重に保管しすぎて死後発見されなかったり、相続人の一人が自分に不利な遺言をこっそり破棄、隠匿するおそれがあるなどの短所があり、安全確実な方法とは言えません。もし、自筆証書遺言を作る場合は、弁護士などの専門家に相談し、作成した遺言書は出来れば弁護士など信頼できる第三者に預けるのが最善です。
②次に、公正証書による遺言は、二〇歳以上の証人二人以上の立会いのもとで、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がこれを筆記し、これを遺言者および証人に読み聞かせるなど一連の複雑な手続を通して作られます。
しかし、実際には遺言者が重病であったり高齢であるなどの事情で、口授の一部を省略したり、書面作成と口授の順序を変更したりするのがむしろ通常となっています。どの程度までそれが許されるかは問題ですが、判例はかなり弾力的に認めています。
例えば「公証人があらかじめ他人から聴取した遺言の内容を筆記し、公正証書用紙に清書したうえ、その内容を遺言者に読み聞かせたところ、遺言者がその遺言の内容と同趣旨を口授し、これを承認してその書面に自ら署名押印したときは、公正証書による遺言の方式に違反しない」という最高裁の判例があります。
しかし、同じく最高裁の判例ですが「遺言者の依頼であらかじめ公証人が書面を作成している場合に、公証人の問いかけに遺言者がうなづくという挙動をしただけでは、口授があったとはいえない」としています。
この公正証書遺言は公証人に作成してもらうもので、原本は公証役場で保存されるため、紛失・偽造の心配がありません。この方式による遺言は若干の費用がかかり、内容が証人や公証人に知れますが、遺言の存在を明確にし、その内容を確保できますので最も安全で確実な方式と言えます。また、他の方式と違って家庭裁判所の検認の手続も不要です。従って、弁護士が遺言の作成の相談を受けた場合は、この方式による遺言をすすめることが多いです。
③最後に、秘密証書遺言は、遺言したことだけを明らかにし、内容を秘密にしたい場合に利用されるもので、遺言書に署名・押印して封筒に入れ、同じ印で封印し、公証人が証人二人以上とともに署名・押印する方法です。公証人が内容をチェックするわけではなく、無効となるおそれがありますので、実際にはこの方法はあまり行われていません。
5.遺言は撤回できる
仮に、あなたが長男に遺産のほとんどを残す遺言をした場合、その遺言はあなたの死亡によって効力が生じるのであって、それまで長男は何らの権利をもっているわけではありません。
ですから、あなたの気持が変わって財産を次男の方によけいに残してやりたいと思うのであれば、遺言をつくり直すことができます。
このように、遺言の撤回は簡単にできますし、長男に残そうとした財産をあなたが生前に処分したり、壊したりした場合も、遺言が撤回されたものとみなされます。しかし、後になって遺言の効力について確実にトラブルがないようにするには「前の遺言を撤回する」旨の新しい内容の遺言を書くことをおすすめします。
髙橋修法律事務所では、遺言の事件を多数扱っていますので、ご遠慮なくご相談下さい。